国際組織犯罪防止条約とは?

国際組織犯罪防止条約とは

国際組織犯罪防止条約とは国際条約の一つであり、パレルモ条約、もしくはTOC条約とも言われています。国際組織犯罪防止条約の正式名称は「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」であり、組織的な犯罪集団への参加・共謀、犯罪収益洗浄となるいわゆるマネーロンダリング、司法妨害や公務員による汚職などに関して、処罰・対処措置について定める国際条約のことを指します。

国際組織犯罪防止条約の由来

国際組織犯罪防止条約の略称パレルモ条約のパレルモはイタリア・シチリア島にある街の名称から名付けられており、イタリアの裁判官ジョヴァンニ・ファルコーネ氏の存在が大きく関わっています。

ファルコーネ氏は、1965年にカターニャ南方の小都市レンティーニ市の判事に就任後、トラーパニ、パレルモへと転任する間に、次第にマフィアに関する裁判の専門家になっていきます。当時、国家ぐるみで暗躍するマフィアを取り締まる法整備を国連に提案するなど、各国の連携でマフィアの資金源を断つことを目指して活動しており、その結果、報復を受ける形で1992年に判事であった妻とともに高速道路を移動中に爆殺されています。

国際組織犯罪防止条約の歴史

国際組織犯罪防止条約は、国際的な組織犯罪の急速な増大に対応する目的で、最初、1994年にイタリアのナポリで開催された国際組織犯罪世界閣僚会議において条例としての検討が行われました。その後、1998年の国連総会において国際組織犯罪防止条約の本体条約等を起草するためのアドホック委員会の設置が決定され、委員会における条約案の起草を経て、2000年11月に国連総会で採択が行われています。

そして同年12月、イタリアのパレルモにおいて、条約及び関連議定書の署名会議が開催され、本体条約としては124ヵ国が署名し、2014年には国連において、条約及び腐敗防止条約等関連条約の加入・批准、実施等を求める付帯決議が行われています。

日本における国際組織犯罪防止条約

2017年春の段階で、国際組織犯罪防止条約は187ヵ国が批准し、国連加盟国の内で批准をしていないのは、日本・イラン・ブータン・パラオ・ソロモン諸島・ツバル・フィジー・パプアニューギニア・ソマリア・コンゴ共和国・南スーダンの11ヵ国のみとなっていました。

日本は 2000年12月に国際組織犯罪防止条約の署名を済ませていますが、16年の間、締結に至らなかった理由については、国際組織犯罪防止条約を締結するには共謀などの行為を犯罪として位置付けているという条件があり、日本においては国内法が未整備で必要条件を満たしていなかったことが挙げられます。

国会においては、これまで過去3回にわたり「共謀罪」を新設する法案が提出されたものの、市民への対象など監視社会につながるとの観点から、野党の反対によって全て廃案となっていました。

しかし、2017年6月にようやく組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律(組織犯罪処罰法)の改正案が可決・成立し、共謀罪等が新設されたことにより、2017年8月に日本政府は国際組織犯罪防止条約を締結し、日本は 188番目の締結国となったのです。

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