赤壁の戦い|孫権・劉備軍の勝因

赤壁の戦い|勝因・敗因

赤壁の戦い|孫権・劉備軍の勝因

赤壁の戦い 孫権・劉備軍の勝因

赤壁の戦いは中国の後漢末期、いわゆる“三国志時代”に起きた戦いです。

魏の曹操が率いる大軍に対して、後に蜀を建国する劉備と呉の孫権が連合して敵対した戦いでした。この赤壁の戦いは、兵力的に大きく劣る劉備と孫権の同盟軍が勝ったのですが、孫権・劉備軍の勝因はひとえに曹操が油断したことが最大の要因です。その他にも呉軍が水上での戦に長けていたから、とか天候を味方につけたからというのもありますが、何といっても曹操の油断がなければ勝つことは出来なかったと言えます。

劉備に関しては、この戦いではほとんど活躍していません。軍師の孔明が風を起こしたというような逸話がありますが、これについては真実味はあまりないと考えてもいいでしょう。赤壁の戦いに呉軍が勝利した後で、追撃戦に参加したというぐらいで、特に呉の勝利に大きな貢献していないと言えます。

赤壁の戦いは実質的には魏(曹操軍)と呉(孫権軍)の戦いで、孫権軍が地の利と曹操の油断を突いて勝った戦いです。曹操軍は敵地に深く進攻してきたにも関わらず、圧倒的な大軍だったことで、油断をしていて、そこを智将周瑜率いる孫権軍に突かれて破れてしまいました。

曹操軍は大軍であるが故に、難しい状況というのもありました。いわゆる「烏合の衆」というものになっていたと思われます。大軍になれば軍令がすぐにいきわたることもなく、維持するために莫大な兵糧を必要とします。さらに長陣となると不衛生な陣中では疫病が発生するのも当然で、孫権軍と戦う前から大軍を生かせる状態ではありませんでした。

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曹操は圧倒的な大軍で攻めると、呉はすぐに降伏をすると考えていたのではないかと思われます。ところが、当てが外れて呉が敵対するということになったので、あわててどうしようかとしているときに、奇襲されて敗れたということでしょう。河川や湖沼での戦は船がなくてはならないにもかかわらず、その船を事前に準備していなかったのも、呉がすぐに降伏すると考えていたことを裏付けています。

赤壁の戦いで孫権軍が圧倒的な兵力差をひっくり返して勝ったことで、様々な物語が作られることになりましたが、実際のところは大兵力を持った軍にありがちな油断が大きな敗因となり、その油断を利用し水戦という自らの得意とするフィールドで戦ったことが孫権軍の勝因となったわけです。

未知らぬ敵地に深く進攻して、油断をすれば負けるというのは、歴史を見れば他にいくらでも例を挙げることが出来ます。劉備にしても晩年に呉に攻め込んで、あと一歩というところまでいきながら、同じように呉に敗れています。

もちろん、赤壁の戦いでは、孫権軍が巧みな戦術で曹操軍を破ったのですから、油断だけではないことも確かですが、戦いにおいて、油断というものがどれだけ危ないのかということを示しており、たとえ圧倒的な相手であっても付け入る隙があることを示唆しています。

日本・世界の主要な戦いの勝因・敗因がここに・・・

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