西南戦争|薩摩軍の敗因

西南戦争|勝因・敗因

西南戦争|薩摩軍の敗因戦争で勝敗を決める要因として、戦力と指揮官の能力があります。

西南戦争は薩摩士族と政府軍が戦いました。明治維新以降、薩摩藩士には4つの派閥が出来ていましたが、その中でも最も人数が多かったのが西郷隆盛がいた派閥でした。4つの派閥の中には勿論、西郷隆盛に対して協力的な派閥も有りましたが、様子を見ている派閥も有り、決して薩摩軍としては戦力的にも満足できる状態ではありませんでした。

またそれ以外にも、西郷隆盛自身が戦争に対して乗り気だった訳ではありません。実際に戦争のきっかけとなったのは大久保利通の腹心が鹿児島にスパイを潜入させたこと、さらに私学校生徒の切り崩し、西郷隆盛の暗殺を企てていた事が明らかになったということだと言われています。

そこに加担する事になった私学校生徒自身を犯人として政府に引き渡す事が出来れば戦争が起きる可能性も低くなりましたが、西郷隆盛自身は生徒を犯人として政府に引き渡すかどうかの覚悟が決まりませんでした。そしてその結果、戦争に対して反対する事が出来なかった為に西南戦争が起きてしまいました。

とはいっても、やはり西郷隆盛自身は戦争に対して乗り気という訳ではありません。
そのため、西南戦争に於いて西郷隆盛は積極的に指揮を取る事は有りませんでした。無理矢理担ぎ出された結果となっただけで、西南戦争で絶対に勝ちたいという事もなかったため、陣頭指揮を執ること無く戦争に臨みました。これが薩摩軍の敗因の一つです。

もう一つはそもそも戦力が足りなかった、という事です。
戦争の勝敗を決める要因の一つとして戦力がどれだけあるのか、が重要ですが、薩摩軍は政府軍に比べるとはるかに近代兵器が少ない状態でした。また弾薬の供給自体も難しく、必要な数を西洋から輸入する術すらありませんでした。

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つまり、そもそも政府軍の方が薩摩軍よりも大砲の数も、そして砲弾の補給能力という点からも勝っている状態でした。また薩摩軍の弾薬製造所も破壊され、弾薬の補給が無くなってしまい、その結果、防戦一方、という事になってしまったのです。

弾薬の供給が出来ない薩摩軍は、日本刀で相手に対して切り込むという戦法に変えざるをえませんでした。しかし日本刀と銃、どちらの方が戦争に於いて威力をはっきりするかと言う事は一目瞭然です。銃を利用して戦う事が出来なかった薩摩軍が日本刀を利用する様になった時点で、それまで以上に政府軍との戦力の差が出てしまいました。

また海路がなかった薩摩軍は、陸路で移動しなければいけませんでした。
その結果、政府軍に退路を断たれてしまい、どこに逃げても政府軍に包囲されてしまいます。逃げる場所が無く、薩摩軍幹部のいる場所が政府軍の銃撃にさらされてしまい、そこで指揮官となっていた西郷隆盛は政府軍の銃に撃たれて最後を迎えます。

そして、薩摩軍の敗戦という事で西南戦争は終結します。薩摩軍の敗因とは、戦力の不足、主将であった西郷隆盛が指揮官になりきれなかった、というのが最も大きな要因と言えるでしょう。

日本・世界の主要な戦いの勝因・敗因がここに・・・

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