緒方洪庵|偉人列伝

緒方洪庵|偉人列伝緒方洪庵は、江戸時代後期に医師、蘭学者として活躍した人物です。

緒方洪庵は文化7年、備中国足守藩の下級藩士である佐伯瀬左衛門惟因の三男として備中に生まれました。備中は現在の岡山県にあたる場所です。

緒方洪庵は生まれながらに体が弱く、8歳の時に天然痘を患いました。この時の経験が、武士の家系に生まれながら医学の道に進むきっかけになったといわれています。

16歳で元服した緒方洪庵は、当時、田上セイ之助惟彰という名を名乗り、文政8年に足守藩大坂蔵屋敷留守居役に抜擢された父とともに初めて大坂に渡ります。そして16歳で大阪の思々斎塾に入門します。思々斎塾とはオランダ文化を学ぶ蘭学塾の一派で、中天游が開いた私塾です。そこで4年の間、蘭学を学び、そのなかでも医学を学ぶことに没頭したといわれています。

その間に一旦、父の転勤により備中に帰藩することとなりますが、改めて大阪に戻り中天游に弟子入りをします。その時に緒方三平と改名します。その後、緒方洪庵が22歳の時に中天游の勧めにより大阪から江戸へ渡り、蘭学者の坪井信道の安懐堂塾に入門します。

そこで医学やオランダ語を学び、のちに坪井信道の師である宇田川玄真のもとでも医学を学びます。この頃、名を緒方判平と改名します。その後一旦備中に帰省しますが、恩師である中天游の死の知らせを受け再び大阪に渡り、中天游に恩を返すつもりで思々斎塾で教鞭をとることとなります。

天保六年、27歳の時に名を緒方洪庵と改名し、中天游の跡取りである中耕介とともに長崎へ遊学の旅に出ます。長崎ではオランダ人医師でもあるニーマンのもとでオランダ医学を学び、青木周弼や伊藤南洋とともに「袖珍内外方叢」という薬剤書を翻訳したといわれています。

緒方洪庵は長崎で2年間医学び、天保9年大阪にもどって医者として開業しました。一方で蘭学を教える蘭学塾を開きます。この蘭学塾は恩師である中天游の思々斎塾にあやかり、適々斎塾と名付けられました。同じ年に先輩である億川百記の娘・八重を嫁に迎え、のちに6男7女の子供を授かります。緒方洪庵の妻である八重は洪庵が29歳のとき17歳で嫁ぎ、多くの子供を育てながら生活苦のために実家に仕送りを頼み生活費を助けたといわれています。

適々斎塾は大変人気が高く、多くの弟子が集まりました。

門下生には、慶應義塾大学創始者の福沢諭吉、赤十字の活動の先駆者である高松凌雲、日本赤十字社の創設者である佐野常民、明治維新後、日本の殖産興業の近代化に大きな貢献をした大鳥圭介、15歳で書いた「啓発録」の著者である橋本左内、日本陸軍の祖である大村益次郎、日本の衛生行政の祖である長与専斎など、幕末の時代から明治維新にかけて大活躍した数々の偉人達がいます。明治元年に適々斎塾が閉鎖するまで、名簿が残っている者だけで600人以上に及ぶといわれています。

大坂から江戸へ、そして・・・

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