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刎頸の交わり(ふんけいのまじわり)
古来より、人は自らの教訓を言葉で残し、古人の知恵や経験を「故事成語・ことわざ」として現代に伝えてきました。
その中から、時を超えて、人生に様々な示唆を与えてくれる「故事成語・ことわざ」を独断と偏見で選んでみました。きっとビジネスだけでなく、人生においても参考になるでしょう。
今回選んだのは、
刎刎頸の交わり(ふんけいのまじわり)
という中国の有名な古書「史記」が出典の故事成語です。
「刎頸の交わり(ふんけいのまじわり)」とは
「刎頸の交わり(ふんけいのまじわり)」とは、
「首を切られても悔いないほど、固い絆で結ばれた友情」のたとえとして使われます。
では、出典となった「史記」の一節を見てみましょう。
顧だ吾之を念ふに、彊秦の敢へて兵を趙に加へざる所以の者は、徒だ吾が両人の在るを以てなり。
今両虎共に闘はば、其の勢ひ俱には生きざらん。
吾の此を為す所以の者は、国家の急を先にして、私讎を後にするを以てなり、と。
今両虎共に闘はば、其の勢ひ俱には生きざらん。
吾の此を為す所以の者は、国家の急を先にして、私讎を後にするを以てなり、と。
廉頗之を聞き、肉袒して荊を負ひ、賓客に因りて、藺相如の門に至り、罪を謝して曰はく、
鄙賤の人、将軍の寛なることの此に至るを知らざりしなり、と。
卒に相与に驩びて刎頸の交はりを為す。
とあり、現代文に訳すなら、
「しかし私が思うに、強国である秦があえて趙に兵を向けない理由は、私と廉頗がいるからである。今、私と廉頗が共に争えば、共に生き残ることはできないであろう。私がこのように廉頗を避けている理由は、国家の危機を先にして、個人的な恨みを後にしているからなのだ」と。
これを聞いた廉頗は、上半身裸になり、罪人を罰するための荊のむちを背負い謝罪の意を表すると、藺相如の屋敷に出向いて、自らの罪を謝罪してこう言いました。
「品がなく身分の低い私は、藺相如将軍の心が寛大であることに気が付きませんでした」と。
そして、互いに友人となり、刎頸の交わりを交わしたのでした。
といった感じになります。
「刎頸の交わり」を結ぶ友が一生に一人でもできれば、その人生は豊かで幸せだと思います。