中村俊輔選手の横浜F・マリノスからジュビロ磐田への完全移籍が正式に発表されました。今回は、この中村俊輔選手のジュビロ移籍について思ったことを書いてみることにします。
中村俊輔選手といえば、日産FCジュニアユースから当時の横浜マリノスへ入団し、海外で活躍後に横浜F・マリノスに戻ってきた、いわば“横浜F・マリノスの功労者”の一人と言える人気サッカー選手です。
今回報道によると、横浜F・マリノスの提示額が1億2千万円に対し、ジュビロ磐田が提示したのが8千万円だったにもかかわらず、中村俊輔選手が条件に劣るジュビロ磐田へ本人の意思で選んだとのことで、おそらく日頃の横浜F・マリノスの対応について、中村俊輔選手には思うところがあったのだと思います。
実際、横浜F・マリノスの公式ホームページに中村俊輔選手のコメントがあったので取り上げてみると、
中村俊輔選手のジュビロ移籍コメント
「先ず初めに、2016シーズンも熱い応援ありがとうござました。自分自身としては、怪我が長引いてしまったこともあり、完全燃焼できるシーズンとはなりませんでした。また、リーグ戦が10位に終わってしまったことも、とても申し訳ない気持ちです。
2016シーズンに至ってはいろいろなことがありました。社長をはじめ、強化部長、他が変わり、現場でもさまざまな変化がありました。キャプテンとして、マリノスの一員として、一人の人間として、いろいろなことに向き合って来ました。
スポーツ、サッカーの本質であるべきもの、例えば楽しさ、喜び、信頼、感謝などを持ちプレーすることが、自分は何よりも大切だと思っています。自分の魂であるサッカーと現役を退くその最後の瞬間まで、真摯に、そしてなによりも喜びと楽しさを持って向き合うため、懊悩煩悶の末、マリノスを離れる決断に至りました。
2010年、横浜に戻ってきた自分を温かく迎え入れてくれたことは、今でも鮮明に覚えています。2013シーズン、ファン・サポーターの皆さんと優勝を分かち合えなかったことは、とても残念なことですが、9月21日の自分個人への身に余るゴール裏の横断幕は、セルティック時代でさえ経験はなく、心の奥底に深く刻まれ、生涯忘れることのないものとなりました。
チームメイト、スタッフ、スポンサー、会社の方々、ファン・サポーターの皆さん、今まで携わって下さった全ての方々に心より感謝致します。本当にありがとうございました。」
中村俊輔選手のコメントにある
「社長をはじめ、強化部長、他が変わり、現場でもさまざまな変化がありました。キャプテンとして、マリノスの一員として、一人の人間として、いろいろなことに向き合って来ました。(中略)スポーツ、サッカーの本質であるべきもの、例えば楽しさ、喜び、信頼、感謝などを持ちプレーすることが、自分は何よりも大切だと思っています。自分の魂であるサッカーと現役を退くその最後の瞬間まで、真摯に、そしてなによりも喜びと楽しさを持って向き合うため、懊悩煩悶の末、マリノスを離れる決断に至りました。」
ところに、全ての彼の本心が入っているように思います。中村俊輔選手のジュビロ移籍を決定づけたのは、おそらく金銭的ではない部分で処遇に不満があったからなのでしょう。
スポーツに限らず、ビジネス社会でも年齢的にピークを超えつつある社員に対する処遇が元で優秀な人材が流出してしまうケースは多々ありますが、流出した人材が功労者であればあるほど、後輩に与える心理的な影響(いかに会社に貢献しても、年配になると会社は冷たい仕打ちをするのではないかという疑念)を与え、会社への「ロイヤルティ(忠誠心)」が低くなる傾向があります。
その結果、優秀な生え抜き社員が減り、会社としての人材面の強みが失われていきます。
おそらく、今回の中村俊輔選手のジュビロ移籍によって、横浜F・マリノスにおいても同様のことが起こってくるでしょう。直近のリーグ戦が10位に終わったのも、このことと無関係ではないと思います。生え抜き社員ならぬ生え抜き選手が存在することで保たれてきた“強さ”が失われ、来期以降の横浜F・マリノスがどうなっていくのか注視したいと思います。