勝海舟|偉人列伝今回は幕末の偉人の一人である勝海舟について触れてみましょう。

勝海舟の人格は父親譲りと言われています。父親とのエピソードを一つ見てみましょう。勝海舟の父親の小吉は、最強の剣客の一人でもありました。小吉は暴れん坊な面を強く持っていましたが、義理人情を大切にする快活な人物でした。

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勝海舟は9歳の時に野良犬に襲われ命を落としかねない危機に陥ります。小吉は脚気(かっけ)で寝込んでいましたが、息子の一大事を知ると急いで駆けつけて医者に診せました。医者も半ば諦めるほどひどい状態でしたが、小吉は諦めませんでした。武士の子だから犬に負けてはいけない、麟太郎はこんなことぐらいで死なないと力説したと言います。

麟太郎とは勝海舟の幼少期の名前で、小吉は麟太郎を助けるために裸になって井戸水を何度も頭にかぶったり、家族が泣いている時も泣かないで息子を抱きしめたりしました。別の外科医が傷口を麻酔無しで縫ったことで、一時は体をブルブルと震わせて命が助かる見込みは薄かった麟太郎ですが、小吉の身を削る看病により元気になりました。

野良犬に襲われてから勝海舟が元気になるまでの10日間、小吉は井戸水をかぶるなど息子のために体を張っており、勝海舟は父親の息子を想う姿勢に心を打たれたといいます。

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後に勝海舟は、自分の父親は喧嘩が強かったことや、貧乏でも借金を頼まれると気前よくお金を出していたことを挙げ、その姿が立派だったと尊敬しながら語っています。

勝海舟は、自由奔放な父親の背中を見ていたので、困難に直面した時に何をするのが最適かを知り、上手く交渉する力が養われたと言われています。優れた交渉術は西郷隆盛との会談でも発揮し、江戸城の無血開城へとつながります。

そもそも勝海舟と西郷隆盛が会談できたのは、坂本龍馬が引き合わせたためです。勝海舟は坂本龍馬と良い関係を築いていました。勝海舟は軍艦操練所教授方頭取という役職に就いていたことがあり、坂本龍馬は勝海舟も門人となりました。

門人となった理由は、坂本龍馬と千葉重太郎が開国論者の勝海舟を奇襲するために屋敷を訪れた時に、勝海舟の話に坂本龍馬が感服して門番を決意したと、勝海舟がまとめた『追賛一話』という資料の中で語っていますが、これは勘違いだとされていて、坂本龍馬が勝海舟の屋敷の正式に招待されていたため、斬ることを企てられなかったというのが本当のところのようです。

しかし、坂本龍馬が勝海舟に共感していたのは事実で、姉の乙女への手紙では海軍操練所を作るために勝海舟の弟子として頑張っていることを誇らしげに書いています。

勝海舟は坂本龍馬を可愛がっており、坂本龍馬が土佐藩を脱藩した罪を許すように山内容堂を説得したり、土佐藩藩主が彼の私塾に入ることもできるようにしました。坂本龍馬は勝海舟の下で働くために再び脱藩するなど、自分の進退を顧みないほど勝海舟が描いていた未来に賛同していたのは事実でしょう。

福沢諭吉との確執とは・・・

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