横井小楠|偉人列伝

横井小楠のエピソード

熊本市内、熊本城稲荷神社の斜め向かいの高橋公園内に、後ろに坂本龍馬、勝海舟、松平春嶽、細川護久を従えた「横井小楠をめぐる維新群像」はあります。

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かの勝海舟に「世に恐ろしいものを二人見た。ひとりは西郷南洲と横井小楠…」と言わしめた人物、横井小楠は、明治維新に尽力し、坂本龍馬や西郷隆盛らに影響を与えた人物と言われながらも、あまり表舞台には出てくることのない人物です。

それというのも横井小楠は、酒好きのうえに酒癖が悪く、酒で失敗することが多い人物であったということが災いしているのでしょう。まさに横井小楠のエピソードには酒を欠かすことができないのです。

横井小楠は秀才であったと言われます。肥後藩士の二男として生まれた横井小楠は、10歳にして藩校に入塾、13歳にして「経国済民」という大志を抱きます。その後、寮長として塾生を指導する立場にたち、31歳の時には藩命を受けて江戸へ留学しています。

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まさに期待のホープ、藩のエリートです。江戸留学中には、水戸学者の藤田東湖らと親交を結び、その影響を大きく受けることとなります。藩の期待を一身に背負った横井小楠ですが、天保10年(1839年)、藤田東湖らとの忘年会の帰り道で他藩の者と派手にケンカをし、帰国を命じられることになります。

帰藩した横井小楠は兄の家で謹慎生活を送ります。さすがに反省した横井小楠は、禁酒を誓いますが、毎晩神棚のお神酒がなくなるのをおかしいと感じた兄嫁が調べたところ、横井小楠が飲んでいることがわかりました。しかし、兄嫁は誰にも言わず、そのまま黙って神棚にお神酒を供えつづけたため、謹慎が解けたあとには、横井小楠もまた、元通りの酒飲みに戻ってしまったということです。

その後、天保14年(1843年)に横井小楠は長岡監物らと肥後実学党を作ります。肥後実学党は「実際に役立つ学問こそ、もっとも大切だ」という教えを柱に殖産興業の必要性を説きました。しかし、当時保守的な傾向の強かった肥後藩では認められずに、その考えはその後、福井藩改革や幕府の改革などで生かされるようになります。

横井小楠は肥後藩では重用されませんでしたが、越前藩主の松平春嶽には認められ、4回ほど福井藩に赴き、殖産興業の事業を成功させ、他藩が経済困窮に瀕して苦しんでいる時に、福井藩の経済を見事に立て直すという偉業を果たしています。しかし、この松平春嶽による招へいに関しても、当初、肥後藩では「クセのある人物のため、福井藩に迷惑がかかる。」と断ったと言われています。

福井藩の成功を受け、松平春嶽が幕府の政事総裁に就くと、横井小楠もまた、中央政局で活躍します。ところが、この江戸滞在中にも思わぬ事件がおこります。それがいわゆる「士道忘却事件」と言われる出来事です。

横井小楠の士道忘却事件とは・・・

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