十を以ってその一を攻むるなり|孫子の兵法

孫子の兵法

十を以ってその一を攻むるなり|孫子の兵法

十を以ってその一を攻むるなり

「孫子」は、二千数百年前の弱肉強食の時代に生きた孫武が書いた兵法書です。

その中から、今回は孫子にある「十を以ってその一を攻むるなり」という言葉を見てみることにしましょう。

我は専にして一となり、敵は分かれて十となれば、これ十を以ってその一を攻むるなり。
即ち我は衆にして敵は寡なり。
よく衆を以って寡を撃てば、わがともに戦うところの者は約なり。
わがともに戦うところの地は知るべからず。
知るべからざれば、敵の備うるところの者多し。
敵の備うるところの者多ければ、わがともに戦うところの者は寡なし。
故に前に備うれば後寡なく、後に備うれば前寡なく、左に億うれば右寡なく、右に備うれば左寡なく、備えざるところなければ寡なからざるところなし。
寡とは人に備うるものなり。

が「十を以ってその一を攻むるなり」のくだりですが、現代語訳にすると、

こちらが一つに集中し、敵が十に分断されれば、敵の十倍の戦力で戦うのと同じになる。つまり、大軍で寡兵と戦うのと同じである。大軍で寡兵を攻撃できると、戦う相手が少なく済む。自軍を敵軍が発見できなければ、敵軍は見えない敵に備えるために、戦力を集中することができない。戦力を集中できないということは、自軍は少ない相手と戦える。敵が前衛中心に備えると後衛が手薄になり、後衛中心に備えると前衛が手薄になり、左翼中心に備えると右翼が手薄になり、右翼中心に備えると左翼が手薄になり、四方全体に備えると四方全てが手薄になる。つまり、寡兵になるのは敵に備えるからであり、大軍になるのは敵に備えさせるからである。

という意味になります。

十を以ってその一を攻むるなり」という言葉は、中小企業は戦い方を示す言葉でもあります。

巨大なマーケットの中で、あれもこれもと目の前のもの全てを追いかけていては、豊富なリソースを抱える大企業との競争に敗れ、衰退していくだけです。

中小企業はそもそも“寡兵”なわけですから、大企業の戦略に備えていたのでは、より“寡兵”になってしまいます。備えるのではなく、選択と集中を行い、自らが有利となるマーケットで攻めることが重要ではないでしょうか。

この「十を以ってその一を攻むるなり」という言葉は、ランチェスター戦略における一点集中とも相通ずる弱者にとっての重要な戦い方です。

孫子の兵法から勝ち方を学ぼう・・・

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