真木和泉 最後の言葉〜辞世の句

辞世の句 最後の言葉

真木和泉 最後の言葉〜辞世の句「辞世の句」とは、人が死の間際に詠む漢詩・和歌・俳句などのことです。自分の人生を振り返り、この世に最後に残す言葉として、様々な教訓を私たちに与えてくれるといって良いでしょう。

古来より数えきれない辞世の句が残されてきましたが、今回は、真木和泉の最後の言葉として、真木和泉の辞世の句を紹介してみることにします。

真木和泉の最後

真木和泉は、江戸時代末期の久留米藩士で尊皇攘夷派の活動家です。神職の家に生まれた真木和泉は、その後、尊皇攘夷派の急先鋒として、長州藩の久坂玄瑞らと蛤御門の変(禁門の変)に参戦しましたが、敗れて追撃を受け、1864年8月22日、明智光秀と羽柴秀吉が雌雄を決したことでも知られる天王山で自害しました。享年51歳でした。

そんな真木和泉の辞世の句と言われているのが以下の句(短歌)です。

真木和泉 辞世の句

「大山の 峯の岩根に 埋めにけり わが年月の 大和魂」

この歌を現代文に訳すなら、

天王山の岩の下に、わが生涯を賭けた勤王の心をこの身とともに埋めるのだ

といったところでしょうか。

死を前にした時、彼の頭の中を去来したのはなんだったのでしょう。この真木和泉の最後の言葉である辞世の句は、皆さんの心にどう響きましたか?

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