阿南惟幾 最後の言葉〜辞世の句

辞世の句 最後の言葉

阿南惟幾 最後の言葉〜辞世の句「辞世の句」とは、人が死の間際に詠む漢詩・和歌・俳句などのことです。自分の人生を振り返り、この世に最後に残す言葉として、様々な教訓を私たちに与えてくれるといって良いでしょう。

古来より数えきれない辞世の句が残されてきましたが、今回は、阿南惟幾(あなみ これちか)の最後の言葉として、阿南惟幾の辞世の句を紹介してみることにします。

阿南惟幾の最後

阿南惟幾は、太平洋戦争終結時の陸軍大臣です。敗戦濃厚な中、戦争の継続と本土決戦を主張していた阿南惟幾ですが、最終的には昭和天皇の終戦の詔書に陸軍大臣として同意し、8月15日の早朝に陸相官邸にて自刃しました。

そんな阿南惟幾の辞世の句と言われているのが以下の句(短歌)です。

阿南惟幾 辞世の句

「大君の 深き恵に 浴みし身は 言ひ遺こすへき 片言もなし」

この歌を現代文に訳すなら、

天皇陛下の深い御心をいただいた我が身なので、死に際して言い残すことはない

といったところでしょうか。

単なる主戦派ではなく、鈴木貫太郎内閣の一員として陸軍の倒閣運動を押さえる役目も果たした阿南惟幾は、8月14日に終戦の詔書への同意の後、鈴木貫太郎首相に対して「終戦についての議が起こりまして以来、自分は陸軍を代表して強硬な意見ばかりを言い、本来お助けしなければいけない総理に対してご迷惑をおかけしてしまいました。ここに謹んでお詫びを申し上げます。自分の真意は皇室と国体のためを思ってのことで他意はありませんでしたことをご理解ください」と述べ、最後に「日本はかならず復興するでしょう」と言い残して、鈴木首相と別れたそうです。

死を前にした時、彼の頭の中を去来したのはなんだったのでしょう。この阿南惟幾の最後の言葉である辞世の句は、皆さんの心にどう響きましたか?

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