鎧袖一触(がいしゅういっしょく)

故事成語

鎧袖一触(がいしゅういっしょく)

鎧袖一触(がいしゅういっしょく)

古来より、人は自らの教訓を言葉で残し、古人の知恵や経験を「故事成語・ことわざ」として現代に伝えてきました。

その中から、時を超えて、人生に様々な示唆を与えてくれる「故事成語・ことわざ」を独断と偏見で選んでみました。きっとビジネスだけでなく、人生においても参考になるでしょう。

今回選んだのは、

鎧袖一触(がいしゅういっしょく)

という日本の古書「日本外史」が出典の故事成語です。

「鎧袖一触(がいしゅういっしょく)」とは

「鎧袖一触(がいしゅういっしょく)」とは、
鎧の袖でちょっと触れるように、相手を簡単に打ち負かしてしまう」という意味で使われます。

「日本外史」の一節を見てみると、

為朝進みて言いて曰く、臣、大戦二十、戦職二百、以て九国を芟鋤せり。
小を以て衆を撃つは、毎に夜攻に利あり。
臣請う、今夜高松殿を襲い、其の三方に火して、而して之を一面に要せん。
其の善く戦う者は、独り臣が兄義朝有るのみ。
然れども臣一矢にて之を斃さん。
至如平清盛輩、臣鎧袖一触、皆自倒耳。

となりますが、現代文に訳すなら、

源為朝が進み出て言うには、
私は大きな戦いに20回、小さな戦いなら200回も戦い、九つの国を征伐しました。
少ない人数で多くの敵を撃つには、夜襲が有利ですから、今夜、敵の本営を襲ってその三方を火攻めにし、敵を一カ所に集めて戦いたいと思います。
敵方で武勇に優れているのは、私の兄である義朝のみですが、一矢で倒してみせます。
平清盛に至っては、私の鎧の袖が少し触れるだけで倒れてしまうでしょう。

といった感じになります。

この「鎧袖一触」の一節は、剛勇で鳴らした源為朝が「保元の乱」に参陣した時のエピソードについて触れたものです。「保元の乱」で父 源為義とともに崇徳上皇側についた為朝は、兄である源義朝と平清盛を相手に奮戦したものの、多勢に無勢で敗れて捕らえられてしまいます。しかし、剛の者を寄せ付けなかった無双ぶりは後世に伝えられることになりました。

 

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