今川義元 最後の言葉〜辞世の句

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今川義元 最後の言葉〜辞世の句「辞世の句」とは、人が死の間際に詠む漢詩・和歌・俳句などのことです。自分の人生を振り返り、この世に最後に残す言葉として、様々な教訓を私たちに与えてくれるといって良いでしょう。

古来より数えきれない辞世の句が残されてきましたが、今回は、今川義元の最後の言葉として今川義元の辞世の句を紹介してみることにします。

今川義元の最後

今川義元は、駿河国・遠江国を治めた戦国大名で「海道一の弓取り」と呼ばれ、天下取りに近かった武将の一人です。三河を支配下に収め、尾張平定に向け、織田氏討伐に乗り出しましたが、1560年6月12日の桶狭間の戦いで敗死しました。享年41歳前後であったと言われています。

そんな今川義元の辞世の句と言われているのが以下の句です。正確には、死を前にした辞世の句ではなく、死ぬ直近で詠んだ句になります。

今川義元 辞世の句

「夏山の 茂みふきわけ もる月は 風のひまこそ 曇りなりけれ。」

現代文に訳すなら「夏山の茂みに月明かりが入ってくるが、風が止むと茂みに阻まれて見えなくなってしまう。」といったところでしょうか。

今川義元が死を前にした時、彼の頭の中を去来したのはなんだったのでしょう。この今川義元の最後の言葉である辞世の句は、皆さんの心にどう響きましたか?

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